回想録

思い出たち

あっちゃん

疲れていた。頭がパンクしそうだった。

その頃の僕は彼女を作ろうと躍起になっていた。

大人数で飲みに行って出会いを求めたり、気になった子とLINEで仲を深めたり、二人で遊びに行ったりしてた。失敗したこともあったのでそのことで悩んだり、バイトや勉強も大変だったのでとにかく考えることが多かった。

女の子と居ると自分が試されていると思ってしまう。どんな話をしてくれるんだろうか。どこに連れてってくれるんだろうか。会計は払ってくれるんだろうか。とかそんなところを注意深く見られている。

男として見られるということはそういうことなんだろうと考えていた。そして女の子と関わる上でそれは避けられないのだろうなとも思った。

 

しかしそんな日々を過ごす中で一人だけは違った。

その子とは飲み会で会って仲良くなってよく二人で遊ぶようになった。

一緒に遊んでいても気を使って話を振らなくてよかったし奢るとか奢らないとか考えなくてよかったしとにかく楽で、楽しかった。彼女との時間は恋人を作ろうなんてことが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに心地よかった。

場所なんてどうでもよかったので遊ぶときはいつも彼女の家に行った。

 

その日も狭い学生用のアパートの一部屋で駄弁っていた。

テストで赤点をとってしまったこと。今日の学食がハズレだったこと。でも好きなバンドのチケットが当たったこと。そんなどうでもいい話をしては勝手に一人で笑っていた。

彼女のその仕草からはとにかく今を楽しむという意思が感じられた。

他の女の子のようにこの人と付き合えるかどうか、これから先のこと、即ち未来を考えている様子ではない。ただ、今、喋っているだけ。

相手を楽しませようという気づかいは不要で、僕も自然体で居れた。

やるべきことは放っておいて今は二人でいる時間だけを見よう。そう思えてなんだか安心したし、楽しかった。

 

だから僕は

「あっちゃんといるのが楽しい。」

と言った。

ただ思ったことを口にだした。返事は待っていなかった。でも。

「私もアオイくん面白くて楽しいよ。好き。」

彼女はそう答えた。

僕にとって最後の二文字は最悪だった。

曖昧な言葉で愛を表現したわけではなく本当にそのとき思ったことを言っただけなのに彼女はそれを告白と解釈して返事をした。付き合ってください。そう言いかえることも出来る二文字。

僕は彼女と付き合いたくなかった。未来のことなんて考えたくなかった。ただずっと馬鹿みたいに楽しいこの時間を続けたかった。

でも「もう少し友達でいる時間が欲しい」なんて言えるわけがない。そんな拘束力がその言葉にはあった。たった二文字の中に。

 

「うん。」

少しの沈黙の後、僕も付き合うことを了承した。

 

 

その瞬間から僕は”恋人”のことを考えなくてはならなくなった。

LINEはすぐ返さなきゃ。一ヶ月に2回は会わなきゃだからこの日は開けなきゃ。早起きしなきゃだけど夜は電話しなくちゃ。

 

そんなことが頭の中のTodoリストにどんどん追加されていく。

机の上に並んだ二本の缶チューハイをぼうっと眺めながら楽しかった時間が遠のいていくのを見つめていた。

 

隣の恋人は嬉しそうに”彼氏と行ってみたいと思っていた場所”を次々と言って並べる。

首を動かして相槌を打つ。

吸いかけのタバコに手を伸ばす。

ふと思った。

 

好きって言葉が嫌いだ。